コラム
ジビエパーティー
先日社内でジビエパーティーを開催しました。
それもお昼に。
オホーツクジビエさんの商品の取り扱いをすることになり、すたっふみんなどんな味かわからなければいけないよね、ということで急ぎで開催したのです。
鹿生カナッペやジビエベーグルサンド
缶詰ディップをクラッカーに載せたり
そして鹿肉ジンギスカンと小原の美味しいお米で炊いたご飯
と、本当にパーティーをしている様でした。
忘れてはいけないうちの息子がつくってくれたカレーもあり盛りだくさんでした。
実は鹿肉は高たんぱく・低脂肪。
筋肉や体力づくりをしているアスリートの方にお勧めなのです。
最近オリンピックを賑わせてくれたりくりゅうのお二人が通われた中京大学も近く、どなたかの血となり肉となる日がきたらとワクワクしています。
北海道の野山を駆け巡った動物たちのジビエぜひご賞味ください。
台所仕事
今思えば、母の台所仕事は、常に戦いのようでした。
祖父母、父と母、私たち姉妹、大工のお弟子さんたち。畑仕事の合間に買い物をし、食事をつくるのは時間との戦い。
みんながお腹を空かせて待っているという状況はずいぶんと大変だったことでしょう。
友人は「裕子ちゃん家は、いつもそうめんかうどんだった」と言います。うちに遊びに来ると母が「食べていきん」と勧めてくれて、テレビのある居間でお昼を一緒に食べた思い出を語ってくれました。
人数が増えようがお構いなしに食事をつくってくれていた母。
それがあまりにあたりまえの光景だったので、そうめんやうどんが多かったけれどそれが不満だった記憶はありません。
献立よりたくさんの人で囲むにぎやかな食卓が貴重だったことに、今更ながら気づかされます。
大変だったであろう台所仕事は、母にかかればまるで息をするのと同じくらい自然なことに見えていました。
家族だけではない、人と人とのつながりも母は台所仕事でつくってくれていたのかな。
今の時代だからこそ、そんな台所仕事が必要なんじゃないかなと思うのです。
家は、台所から生まれる時間や人とのつながりによって育まれるものなのかもしれません。
暮らしの延長に外時間を。
こんにちは!
事務所の薪ストーブまわりにアウトドアコーナーをつくってみました。
暮らしと出逢う店『はらっぱ』で販売しているオホーツクジビエさんの缶詰や、いとカフェさんのスパイス、薪やピザ窯などを並べています。
キャンプや焚き火、お庭で過ごす時間。
外で食べるご飯や、火を囲んで過ごすひとときは日々の暮らしを少し豊かにしてくれます。
家の中だけでなく、庭や外時間も楽しむ。
そんな暮らしの風景を想像しながら、楽しんでくださいね♪
車が好きかと言われれば
車が好きかと言われれば、はて?どうだったかなと思うのですが。
私の車の選び方は何かの法則があるように思います。
最初に乗っていた車は、トヨタ スターレット。
エアコンはかろうじてあるものの、ラジオしかなく当時のカセットテープを聞くためにラジカセを乗せていたことを思い出します。
窓は手動。間欠ワイパーもなく、もちろんミッションでございました。
動力のほとんどを動くということに使えたある意味効率の良い車はリッター20はいけるエコカーでした。
その車で、地図を片手に東へ西へ友人と出かけたものでした。
今乗っている車を選ぶとき、初動の感じがスターレットに似ていると感じたのは間違いではないと思っています。
そして、車が好きなのですね?と聞かれるとやっぱり「はて?」となってしまうのですが、
「運転しているという実感が伝わってくる車は好きです。」と答えようと思います。
今、話したい人
「今、話したい人は祖父です。もう何年も前に他界しているのですが。」
と言ったら
「青森の方で話せる場所があるんですよね?」
と言われる方がいましたが、それは恐山ですよね、それも一つの方法、、。
私の祖父は大工だったのでまた別の方法を考えてみることができます。
それは、”祖父の建てた建物で祖父の考えや想いを聞く”ということ。
モノには作った人の想いが宿っていると感じることがあります。
祖父は今も私たちの暮らすこの地で大工として独立しました。
最初は古い茅葺の家があったそうです。
そこで、家族を支えるためお弟子さんたちを育てながら地元の仕事や発展しつつある豊田市の仕事をひとつひとつ手掛けてきました。
地元の方々の家やトヨタ自動車の元町工場の型枠大工の仕事、まちなかにあった映画館の木造の建屋。市営住宅。
昔は日当制だったため、日の短い冬は仕事が薄かったと聞いたこともあります。
大工の仕事のかたわら、桃を作ったりしたこともあるそうです。
とにかく食べていかなければならないという一心で過ごしてきた人生だったのかなと。
祖父の想いを知り、祖父の手を感じることができる建物が身近にあります。
茅葺の家を建て替え昭和40年に完成した旧本宅、現在の事務所として利用している建物です。
一時は解体も検討したこの建物を残しておいて本当によかったと感じます。
私がこの建物から聞くことができる声は祖父の伝えたかったことのうちほんの一部。
だけれど、一歩踏み出すには十分すぎるほどの力があります。
祖父と話しながら、未来を描いてみようと思います。



